『風は山河より(第一巻)』家康の祖父、松平清康を生んだ山河 [読書(小説)]
読みました。
三河の小豪族、菅沼氏の一族で、菅沼新八郎の物語ですが、第一巻の主役は、徳川家康の祖父、松平清康です。
1500年代前半の、群雄割拠の三河のなかで、松平氏は一豪族に過ぎませんでした。もっと東に拠点を持つ今川氏、その頃は寿圭尼が実権を握っていた時代です。
清康は、その今川氏に属していた三河近辺の豪族をほぼ配下に治め、いよいよ反対の岐阜方面に進出、というところで、「守山崩れ」と呼ばれる内紛で、凶刃に倒れます。
清康を見た菅沼新八郎は、その目の美しさに感動します。
目は心の窓といい、人を切る武士の棟梁ではありますが、その心は澄んだものだったのでしょう。
そして実際、清康は、一度裏切ってもまた自分のところに戻ってくる家臣・豪族に、なんの意地悪い気持ちも持たず、おおらかに受け入れるのです。
これは清康の個性と言うより、松平・三河武士の特性として説明されています。
そのおおらかさを、菅沼新八郎の言葉を借りて著者は、家臣にたいする無限の優しさであり、それはかえって恐ろしい、と見ているのが興味深かった。
つまり、それほどまでに信用され、温かく迎えられた家臣は、自分の一命など顧みず、身を賭して戦いに臨むのでした。
命を捨てさせる優しさ、、、、
こういう考え方もあり、もしかするとこれが日本人のホントの強さではないかと思いました。
これと相対するかのごとく、織田信長の父、信秀と、信秀と親交のある叔父の松平信定は、合理を貫き、兵法・交渉ごとなどを基礎に、生きていくのでした。
まだ先の結論ですが、天下を統一するのは、軍事という規律を重んじた織田信長とその意志を継いだ豊臣秀吉で、しかし、統治、ずっと民心の心をつかんで平和の世を築いたのが徳川家康だと思えば、この小説の第一巻は、それを予見させる幕開けとなっているのではないでしょうか。
反面清康は、同じ一族でも、戦況が不利だからと仲間を助けない松平信定には、叔父だろうが容赦せず、罵声を浴びせます。
ちなみに、岡崎の大樹寺というお寺には、徳川家代々のお位牌がおかれています。位牌の高さは、亡くなった際の背の高さです。しかし、家康以前の松平宗家の位牌はみな同じ高さで、清康のものもあるのですが、残念ながら大きいのか小さいのか、わかりませんでした。
コメント 0