「黒部の羆」雪山遭難現場での憎しみと生きる価値を体感 [読書(小説)]
真保裕一「灰色の北壁」(講談社)より、「黒部の羆」を読みました。
〔内容〕
二人の山登りエリート大学生、一人は後輩を危うく遭難させる失敗によって、ライバルの
世界遠征を見送る事になります。
失敗を機に恋人にも去られ、父親を無くした母親にせがまれ、山の生活も大学生活も捨て
去る覚悟をした主人公は、絶望のどん底で、最後の雪山にライバルを伴います。競争心は、
絶望によって敵意に、そして殺意にまで変わっていました。
そんな自分に気づき反省した瞬間、ライバルが怪我をし、言葉のやり取りの中で、実は
追い落とされたのだと知るのでした。
殺意が再びよみがえり、一人で脱出を図ろうとしたその時、元山岳警備隊で「羆」と呼ばれ
る山小屋管理人が、単独で救助に到着します。
一晩を3人で過し、二人の関係を察した「羆」は、自分の過去を語ろうとしますが、若い主人
公は、年をとった山男の癖だと、話を聞く耳をもちません。
ふもとから救助隊が到着した気の緩みで、今度は主人公が雪山を滑落してしまいます。
ようやく希望していた「絶望」の結果の死に辿り着いてしまったと、意識が薄れたかけたとき、
「羆」が雪崩の危険を顧みず、またもや単独で救助に降りてきたのでした。
〔感想〕
雪山と格闘するシーンは、映像を見るより体感するのに近いほど真に迫ってきます。
著者の「ホワイトアウト」でも感じましたが、作家の得意とするシーン表現です。
雪山遭難という命の極限で、相手に殺意を覚えつつ、第3者に助けられます。
自らの命を守ることもない行動は、山男のさだめか、本能か、いずれにしても、恨みを恨み
で返せば殺意になり、生きる希望で返せば、その希望は相手の心の中に深く根付き、
そして代々山男の、いや、人の間に受け渡されていくのでした。
悲惨な戦争が相次ぎ、復讐という名のもと殺人が繰り返されるこの世界で、生きる希望が
心を明るく照らす、「復讐と泣き寝入り」とちらとも違う心のあり方を、深く考えたくなる
テーマでした。
私も読みました。ホワイトアウトを思い出す雪山のシーンはかなりインパクトありますね。山男の素朴さ、まっすぐに山を愛する心が印象的で山、大自然にはやはり人を癒してくれる力、パワーがあるのかなあ、と思いました。
by じゅうこ (2005-06-05 19:53)